
感謝と共に、生きていく。
自分がここにあるのは、大いなる犠牲の上に成り立っている。
メメント・モリ、という言葉があります。
ラテン語で「死を忘れるな」という意味です。
いつか必ず死ぬことを忘れずに、今日を生きろ。
古代ローマから伝わる、人生の合言葉みたいなものです。
重い言葉に聞こえるかもしれません。
でも、日本人は昔から、この言葉を暮らしの中で実践してきたと思うんです。
年に一度、死者と一緒に過ごす期間を作ることで。
そう、お盆です。
【普段は、自分でいい。でもお盆は特別】
僕は普段、「まず自分に目を向けよう」と言い続けています。
自分を救う。
自分の音を見つける。
自分の状態を整える。
それは今も変わりません。
でも、お盆だけは特別なんです。
この期間だけは、目を向ける先が変わる。
自分じゃなくて、自分を「ここまで運んでくれたもの」に目を向ける時間です。
考えてみてください。
あなたがここにいるのは、当たり前じゃないんです。
親がいて、その親がいて、そのまた親がいて。
誰か一人でも欠けていたら、あなたは存在していない。
戦争を生き延びた人がいて。
貧しい時代に子どもを育てた人がいて。
病気や災害をくぐり抜けた人がいて。
その全部の上に、今の自分が立ってる。
大いなる犠牲の上に、成り立ってるんです。
普段はそんなこと、考えません。
考えなくていいと思います。
でも、年に一度くらい、ちゃんと思い出す期間があっていい。
それがお盆なんだと、この歳になってようやくわかってきました。
【ルーツについて考える時間を作る】
お盆にやってほしいことが、一つあります。
自分のルーツについて、考える時間を作ることです。
難しいことじゃありません。
仏壇の前でもいい。
お墓の前でもいい。
実家に帰れなかったら、部屋で目を閉じるだけでもいい。
じいちゃんは、どんな人だったか。
ばあちゃんは、どんな時代を生きたのか。
親は、どんな思いで自分を育てたのか。
わからないことだらけでも、いいんです。
「知らないな」と気づくことにも、意味があるから。
僕も今年、実家に帰って仏壇に手を合わせながら、そんなことを考えていました。
おりんを鳴らして、音が消えるまでの間。
あの余韻の時間だけは、亡くなった人のことだけを考えていられる。
不思議なもので、あの数秒間は、会えてる気がするんです。
【盆踊りは、特別だった】
お盆の行事の中でも、盆踊りは本当に特別だと思います。
あれ、ただの夏祭りじゃないんです。
盆踊りは元々、お盆に還ってきた死者を迎えて、一緒に踊るための行事でした。
太鼓が鳴って、祭囃子が流れて、輪になって踊る。
あの輪の中に、還ってきた人たちも一緒にいる。
そういう行事なんです。
近くまで戻ってきてくれている人たちと、一緒に楽しむ。
間近で、感謝を伝える。
そのための、年に一度の機会だったんです。
子どもの頃は、屋台と花火のことしか考えてませんでした。
でも今は、あの太鼓の音の意味が、少しわかる気がします。
音は、姿の見えないものと繋がる手段だったんです。
迎え火の爆ぜる音も、風鈴も、お経も、おりんも。
お盆が音だらけなのは、偶然じゃないと思います。
送り火
【今日は、送り火の日】
この記事を書いている今日、8月16日は、送り火の日です。
お盆の間、こちらに還ってきていた人たちが、あの世に帰っていく日。
その帰り道を照らすために、火を焚く。
「また来年、待ってるよ」
そう伝えるための火です。
お盆が終わると、日常が戻ってきます。
仕事、家事、副業、発信。
また「自分」に目を向ける日々が始まる。
それでいいんです。
でも、最後に一つだけ。
【一番近くにいる人に、伝えてほしい】
ご先祖様への感謝は、目を閉じれば伝えられます。
でも、もっと大事なことがあります。
一番近くにいる家族に、ちゃんと感謝の言葉を伝えることです。
親でも、パートナーでも、子どもでも。
「ありがとう」
たった五文字です。
でも、家族相手だと、これが一番難しい。
照れくさいし、今さら改まって言うのも変だし、どうせ伝わってるだろうと思ってしまう。
わかります。僕もそうです。
でも、考えてみてください。
仏壇の前では手を合わせられるのに、目の前にいる生きてる家族には「ありがとう」が言えないって、順番がおかしくないですか。
いつか必ず、言えなくなる日が来ます。
メメント・モリ。
死を忘れるな、というのは、脅しの言葉じゃありません。
「言えるうちに、言っておけ」という意味だと、僕は勝手に解釈しています。
送り火を見送ったら、隣にいる人に一言。
恥ずかしがらずに、伝えてください。
感謝と共に、生きていく。
それが、還っていった人たちへの、一番の恩返しだと思うんです。
止まってもいい。
音を止めなければ、道は続く。
ぶっさん



音楽を聴きながら、記事を読ませてもらいました。
涙が出ました。
ありがとうございます✨
本当にその通りですね。今は海外にて目の前には生まれ育った家族はいないものの、目を閉じて手を合わせて想ってみました。ありがとうございます。